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引き出し

 みなさんは、人生の引き出しをどれだけ持っているだろうか?

 6ヶ月ぶりに、無性に書きたくなった。それは、別に展開している自分のブログの容量がいっぱいになったために、記事を一つづつバックアップを取っていた時。仕事に就き始めてバリバリ研修中の去年の5月に、自分が思いを綴った記事。そこに、今更ながら考えさせられる文章があった。

 それは、研修でずっと就いていてくれた上司からの言葉。

 「編集というのは、いわば自分の中の価値観でいくらでも変わるもの。ただ、長年の経験を積んだ人と、新人の違いは、1つの素材だけで数十通りの編集が出来るくらいの引き出しを持っているか否かの違い。その引き出しを、これから経験を積んで作っていかなければならない。これから、いろんな人に編集の極意についていろいろ言われる。ある人がコレはいいと言っても、ある人はダメというかもしれない。でもそれを自分の一つ一つの引き出しにしまえば、そのときから自分の編集の一つとして加わる。」

 これを読んで、ふと人生に置き換えてみた。十人十色と言われるように、人にはいろんな生き方がある。人生は一度きりかもしれないけど、生き方は何通りも選べるのではないか。それこそ、十人全員が、十色の生き方を持っても悪くはないんじゃないか、と考えてしまった。おっと、今の自分の生き方を否定しているわけでは決してない。むしろ、今の生き方をもっと深く経験したいくらいだ。

 ただ、 「こういう生き方もあるんだ。なるほど。それほど悪くはないな。」と、それぐらい自分を客観視できる生き方をしてみたいな〜、なんて思ってしまう。

 ・・・自分には、まだまだ引き出しを増やせる場所はあるけれど、肝心な引き出しがまだ少ない気がする。その引き出しが揃ったら、人が羨むくらいの生き方を閉まっていきたいな。1度しかない、素敵な人生を送るために。
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見やすさ?使いやすさ?

 本日、ソニーから新しいHDV対応のハンディカム「HDR-HC3」が発表になった。今回は、前モデルを20%も上回る軽量化に成功。HDMI端子の追加、操作性も、やっと上からテープの出し入れが可能になるなどの改良が施されている。

 しかし、どうだろう。よく仕様を見てみると、動画記録時の画素数が若干減り、照度も少し落とされている。また、マイク端子や前モデルではあったフォーカス・ズームリングが撤廃され、設定メニューでの操作になった。これでは撮影しながらの細やかな操作は不可能だ。

 軽量化され、使いやすさを謳う反面、記録される映像側から比べると、若干落ちてしまう今回の新モデルとなった。

 こういうケースは例外ではない。最近の世論は、「見やすさ<使いやすさ」に変わってきているのだ。例えば、携帯やiPodで映像を楽しむ。実際、小さい画面で観にくいはずだが、それでも構わないと言う人が多い。また、ストリーミング配信での映像が盛況なのも、画質は悪いが見られればいい、と言う人がその大半である。
 テレビの世界でも、見やすい(画質が綺麗な)ハイビジョンに対応したテープよりも、以前から使用されていたハイビジョンに対応していないテープの方が使いやすいのが理由で、元の画質が劣化するのにも関わらず、未だに使用されている。

 テレビのサイズや、携帯電話の液晶など、どんどん開発が進んで大型化し始める中、人々は「見やすい=操作が面倒」というイメージを持っているのではないかと感じる。テレビに関しても、B-CASカードが云々。携帯に関しても、液晶が大きくなればなるほど設定しなければならない項目も増えるからだ。もし、このイメージが定着したままになってしまうなら、見やすさよりも、とにかく使いやすいモノへ走っていってしまうのだろうか?
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あたたかさ

 最近、祖母が病院に入院した。っといっても、病気でではない。病院にいれば、何が起きても安心。ただそれだけが理由だ。(実は、今フジテレビでやってる「N'sあおい」のメインの撮影場所になってる病院だったりする)
祖父は毎日、祖母の様子を見るために病院へ行き、テキパキと周りの整理をして、病室にいるほかの患者さんにも評判がいい。

 この前、祖父がぎっくり腰になって、祖母のお見舞いに行けなくなってしまった。大丈夫かと、祖父の様子を見に行ったら、至って元気。一人で料理を作っていたくらいだ。しばらくして、祖父が僕にこんな事を言った。
「ばあばあ(祖母)に指輪を買ってあげたいんだよ。今まで買ってあげられなかったから。」
祖父は、終戦後から消防署長や、町役場の助役として働き、70歳近くまで働いていた為か、指輪を買ってあげられる時間もなかったようだ。
 今まで、戦争のときの話や、仕事の話しか聴いてこなかった自分にとって、祖父は威厳のある人間のイメージしかなかった。ふともらした、祖父のこの言葉は、なぜか深く心にしみるものがあった。

 その後、母と一緒に祖母のお見舞いに行ったときは、いつも強気で負けん気の強い祖母でも、「じいじいに会えないのが寂しい」って本音をもらしていた。母が祖母に、「じいじいが指輪をあげたいって言ってたわよ」と言った。祖母は、それを聞いて少し微笑んだ顔を見せていた。母が、「買おうと思ったらいつでも買えたでしょ?生活費だけじゃなくて、給料全部ばあばあに渡してたんだから。」という問いに、祖母は「私はじいじいが選んだ指輪をしたいから。」と返答していた。
 このやりとりを、ベッドの脇で見ながら、人間のあたたかさを感じた。今まで、祖父と祖母が離れて何ヶ月も暮らす様子を見たことがなかったせいか、今二人の姿を見ていると、人生の相方って本当に大切なんだな、という事に気づかされた。いくつになっても、愛せる相手がいるということ、誰かを思えるということ、それが人生で一番の幸せなのかもしれない。
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【2007年4月8日まで公開】